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名古屋高等裁判所 昭和33年(ネ)32号 判決

控訴人 岐阜信用金庫 外一名

被控訴人 富士火災海上保険株式会社

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人岐阜信用金庫に対し金四八〇万八二六〇円、控訴人株式会社多賀に対し金五〇九万一七四〇円、及び、これらに対する昭和三〇年九月六日以降各完済に至るまでそれぞれ年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人等においてそれぞれ金一五〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人岐阜信用金庫(以下単に控訴人金庫と称する)に対し金四八〇万八二六〇円、控訴人株式会社多賀(以下単に控訴人多賀又は控訴会社と称す)に対し金五〇九万一七四〇円及びこれらに対する昭和三〇年九月六日以降各完済に至るまで年六分の割合の金員を支払え。もし、右第一次の請求のうち控訴人金庫の請求が理由がないときは、被控訴人は控訴人多賀に対し金九九〇万円及びこれに対する昭和三〇年九月六日以降完済に至るまで年六分の割合の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決、並びに仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、なお、控訴人多賀の予備的請求に対し、訴の却下の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用および書証の認否は、左記のように附加又は訂正する外、原判決の事実摘示と同様であるから、こゝにこれを引用する。

(被控訴代理人の主張)

一、控訴人多賀は、控訴人金庫との間に手形取引契約を締結した。そして控訴人金庫は、その債権担保の目的で、控訴人多賀をして抵当物件たる建物に保険金額五〇〇万円以上の火災保険に加入し右保険金請求権の上に質権を設定することを約せしめた。控訴人多賀は、右約定に従い、昭和二九年六月三〇日被控訴会社との間に火災保険契約を締結し、同年八月一八日被控訴会社に対し多賀及び金庫連署の質権設定承認請求書を提出した。一般に質権設定承認請求の場合には、関係者から承認請求書と共に保険証券が提出せられるから、被控訴会社としては保険証券に承認の裏書をなし、これと承認請求書との間に割印した上、保険証券は質権者に交付し、承認請求書は被控訴会社で保管する訳である。そして、右のように被控訴会社において質権設定の承認をなす場合には、乙第四号証の用紙を保険証券に貼付して、これに記名押印することになつている。しかるに、本件の場合、被控訴会社岐阜南支部の係員が手続を誤り、乙第一九号証の三の用紙を保険証券(甲第一号証)の裏に貼付して、これに記名押印したのである。右乙第一九号証の三は、抵当権者特約条項の承認の場合に貼付すべき用紙なのである。控訴人等は、甲第一号証の保険証券に乙第一九号証の三の用紙を貼付してあることを根拠として、本件保険金請求権につき抵当権者特約条項の承認(即ち、抵当権者特約条項による保険金請求権譲渡の承認)があつた旨主張するけれども、右は前記説明のように誤りである。

二、控訴人等は、控訴人等がかりに被控訴会社に対し質権設定の承認の請求をしたものであるとしても、被控訴会社において上記のように抵当権者特約条項に関する用紙を保険証券に貼付して控訴人金庫に交付した以上、被控訴会社は控訴人等の質権設定承認の請求を拒絶し、改めて抵当権者特約条項に関する約定の申込をしたものであると主張する。しかしながら、債権者及び債務者間において、債権担保の方法として、保険金請求権の上に質権を設定するか、又は抵当権者特約条項づきで保険金請求権を債権者に譲渡するかは、当事者間で自由に決定すべきことであつて、第三者たる保険会社の関知するところではない。すなわち、控訴人等において質権設定の方法を選択して被控訴会社に承認を請求して来た場合、被控訴会社がこれを拒絶して、新たに抵当権者特約条項に関する約定の申出をなすということは、理論上もあり得ないことである。

三、昭和二九年六月三〇日締結の旧火災保険契約が、期間満了により終了しようとしたので、被控訴会社は控訴人多賀に対し、保険契約の継続方を勧誘した。その時同控訴人は、本年度(昭和三〇年度)も引続き保険契約を締結するが、控訴人金庫に対しては保険金請求権の質入れはしない旨言明した。それで、被控訴会社は右申出に従い、新年度の保険契約については「更改契約」の手続をとつた。このことは、右新契約締結の際、被控訴会社が控訴人多賀から保険申込書(乙第七号証)を受取り、同人に保険料領収書(甲第七号証)を交付したことに徴しても明らかである。この場合、もし控訴人多賀から前年度の保険契約に対する「継続契約」の申出があつたとすれば、被控訴会社は同控訴人から火災保険継続申込書(乙第二〇号証の様式によるもの)を受取り、同人に継続保険料領収書(乙第九号証の二の様式によるもの)を交付した筈である。

一般に、保険契約の継続と称するときは、旧保険契約が満期となり、引続き同一内容の保険契約を締結する場合をいうが、火災保険に関する実務の取扱では、右契約継続の意義を狭義に解し、火災保険普通約款第二五条により、新たに保険証券を発行しない場合に限つて「継続契約」と呼称するのである。詳言すれば、継続契約又は保険契約の継続というときは、旧保険契約の期間満了した後、契約内容を変更せず引続き保険に付せられ、しかも、継続保険料領収書が交付され、保険証券の発行を見ない場合を指すのであつて、これに反し、更改契約又は保険契約の更改というときは、新保険契約について改めて保険証券が発行せられる場合を意味するのである。

四、控訴人等が当審において、従来の主張を訂正し、被控訴会社が控訴人等に対し与えた承認の性質に関し、抵当権者特約条項による約定の承認の外に、質権設定の承認をも予備的に主張するに至つたのは、時機におくれた攻撃防禦方法であるから、却下さるべきである。

五、被控訴人が原審において提出した抗弁のうち、普通保険約款第二条第二項にもとづく抗弁は、これを撤回する。

(控訴代理人の主張)

一、控訴会社の代表者加藤勇が、昭和三〇年七月一一日夜被控訴会社岐阜南支部長春日井光治に対し、本件保険契約の解除を申入れた事実は存しない。同夜加藤が春日井に対して電話したのは、同人が外出先から帰宅した時妻しづから、春日井に悪口雑言をいわれたことを泣訴されたので、憤慨の余り春日井を難詰するため電話したのである。仮りに、その際保険契約の話が出たとしても、それは春日井を懲しめる目的で心にもない言葉を弄したのである。右は、講学上いわゆる諧謔表示又は非真意表示(心裡留保)と呼ばれる場合に該るのである。しかも相手方たる春日井において、右解除申出が真意でないことを知り、又は少くとも知り得べき場合であつたのであるから、解除の意思表示として無効であること勿論である。

二、かりに右主張が理由なく、加藤が真実解除の意思を有して申込をしたとしても、右申込を受けた春日井において直ちに承諾の意思表示をしなかつたのであるから、右申込は効力を失つたというべきである(商法第五〇七条)、かりに然らずとするも、春日井は右に対し相当の期間内に承諾の意思表示をしなかつたのであるから、やはり効力を失つたと解すべきである(商法第五〇八条第一項)なお、仮に春日井から加藤に対し乙第一〇号証の二の取消通知を発したとするも、右は加藤の合意解除の申込に対する承諾ではなく、契約の取消の通知が新になされたと見るべきである。しかして、右通知により春日井において加藤の解除の申込を拒絶し、改めて取消の申込をなしたものとするも、右通知はついに加藤に到達せず、同人はこれに対し承諾を与えていないのである。

三、被控訴人の主張のように、控訴人等と被控訴人との間に、抵当権者特約条項に関する約定の承認が存しなかつたとしても、右両者の間に保険請求権の上の質権設定の承認のあつたことは、被控訴会社の自ら認めるところである。すなわち、旧保険契約にもとづく保険金請求権につき控訴人金庫のため質権の設定があり、これに対し被控訴会社の承認手続を経ていたのであるから、本件新保険契約が控訴人等主張のように継続契約の性質を有する以上、被控訴会社は右保険金請求権上の質権者たる控訴人金庫に対し、右保険金の支払を拒絶する訳には行かぬのである。

四、もし被控訴人主張の如く、本件保険契約が継続契約でなく新規の保険契約であるとすれば、被控訴会社は控訴人金庫に対し、保険金支払の義務はない。即ち、同控訴人は本件保険金請求権に対する質権者としての権利を行使し得ぬことゝなる。しかし、この場合には、被控訴会社は本件保険契約の被保険者たる控訴人多賀に対し、保険金の全額の支払をなすべき義務あることは明白である。よつて、控訴人多賀は被控訴会社に対し、その請求を予備的に拡張して、控訴人金庫の請求の理由なきことを条件に、金九九〇万円の保険金の支払と、これに対する右支払を催告した日の翌日である昭和三〇年九月六日以降完済まで年六分の割合の損害金の支払を求めるものである。

(双方の新立証)〈省略〉

理由

一、控訴人多賀と被控訴会社との間に、昭和二九年六月三〇日、控訴人等主張の物件(控訴人多賀所有の建物その他の物件)を保険契約の目的として、火災保険普通保険約款による保険金一〇〇〇万円、保険料九万九五〇〇円、保険期間昭和二九年七月一日より昭和三〇年七月一日午後四時まで一ケ年間とする火災保険契約が成立したこと、更に昭和三〇年六月三〇日、保険期間前年度の保険期間の満了する同年七月一日午後四時より引続き一年間、保険料金九万二〇〇〇円、保険の目的並びに保険金いずれも前年度の契約と同一なる保険契約(以後これを本件保険契約又は新契約という)が締結せられたこと、保険の目的たる前示物件が同年八月一四日焼失し、これにより控訴人多賀がその主張のような損害を被つたこと、以上はいずれも当事者間に争なきところである。

そこでまず、右のように、同一の目的物件について前年度に引続き略同一内容の保険契約が締結せられた場合に、前年度の保険契約と新年度の保険契約とが如何なる関係に立つかについて考えてみる。

右両個の契約が法律上は別個の契約であり、当事者間において旧年度の分と別に新規の保険契約が締結せられたものであることは、契約の性質上当然である。しかしながら、成立に争のない乙第二及び第五号証、原審並に当審証人春日井光治、原審証人永田邦武の各証言によると、被控訴会社における取扱の実際として、およそ保険契約の保険期間の満了後引続き同一内容の契約が締結せられる場合には、次の両様の手続が存すること、すなわち、継続契約又は保険契約の継続と称し、新契約について改めて保険証券の発行をせず、単に継続保険料領収証の交付をもつてこれに代える方式と、更改契約又は保険契約の更改と称し、新契約について改めて保険証券を発行する方式との二種の手続があること、そして、前者の手続、即ち継続契約の方式による場合には、旧保険契約に存した保険金請求権に対する質権設定の承認、又はいわゆる抵当権者特約条項の承認は、その侭新保険契約の上にも効力を及ぼし保険の目的物件につき保険事故が発生した際、保険金請求権につき質権を有する債権者又は保険の目的の上に抵当権を有する債権者は、当然に保険金から優先弁済を受け得る地位にあることが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、本件の場合において、控訴人多賀と被控訴会社との間に成立した新保険契約が、前示両手続のうちの何れによつたものであるかについて検討するに、本件において、保険の目的物件、保険金額および保険期間等が前年度の保険契約と全然同一であることは、前述のとおりである。(もつとも、右新契約における保険料額は、前年度の分が金九万九五〇〇円であつたに拘らず新年度において金九万二〇〇〇円に減額せられていること当事者間に争なきところであるが、右は当審証人春日井光治の証言及び弁論の全趣旨によつて認め得るように、当時所管監督官庁の認許のもとに全国的に保険料が低減せられたゝめであつて、被控訴会社において特に保険料額を変更したものではない。したがつて、右のような保険料額の若干の差異は、新旧両保険契約が同一内容を有するものと判断することの妨げとなるものでない)。しかも本件において、控訴人多賀が被控訴会社より新保険契約締結に際し保険料の領収書の交付を受けたのみで保険証券を受取つていないことは、原審並に当審における控訴会社代表者加藤勇の供述によつて明白であるし、又、成立に争なき甲第四号証、乙第二号証、原審並に当審証人加藤しづ、当審証人高野勉、同戸本幸雄の各証言および当審における控訴会社代表者加藤勇の本人尋問の結果によると、控訴人多賀は、昭和二九年六月三〇日被控訴会社との間に旧保険契約を締結した際、同控訴人が当時控訴人金庫に対し手形取引上の債務を負担しておつた関係上、右保険契約における保険金請求権につき控訴人金庫のため質権を設定し、被控訴会社からこれに関する承認の裏書を得たこと、そして、本件新保険契約成立の際にも、控訴人多賀の控訴人金庫に対する債務はなお五〇〇万円位あり、右質権設定の効力を維持するために本件保険契約につき継続契約の方法をとる必要が存したこと、そのため、控訴人多賀は本件保険契約をいわゆる継続契約に該るものとして締結し、その旨直ちに控訴人金庫に対して報告していることが認められ、なお、成立に争なき甲第三号証の一、二、赤斜線及び特約条項欄内の「取消30、7、13」なる記載を除きその他の部分の成立に争なき乙第七号証によると、被控訴会社は昭和三〇年九月一二日控訴人金庫に対し送付した書信に、本件保険契約を「継続契約」として表示し、又、控訴人多賀より本件新保険契約締結のため被控訴会社に提出した保険申込書の欄外に〈継〉なる印判(被控訴会社において使用するものと認められる)が押されていることが明白である。よつて、以上の各事実を彼此総合して考察すると、本件新保険契約は、前年度の保険契約に対する関係では、いわゆる継続契約の性質を有するものと判断するのが相当である。上記の認定に反する原審並に当審証人春日井光治、原審証人永田邦武の各証言は措信できないし、又、乙第一号証の保険申込書(前年度の分)の欄外に〈新〉なる符号の存することも右認定の妨げとならず、他に、右認定を左右するに足る証拠は存しない。

二、次に、被控訴人の主張によれば、本件保険契約は、昭和三〇年七月一一日控訴人多賀からの申れにより既に解除(保険契約を初めに遡つて失効せしめる合意解除の意)せられたと主張するので以下この点について判断する。

成立に争のない甲第一、第六号証、乙第一(一部を除く)第二号証、原審並に当審証人加藤しづ、同道家鎗次、当審証人加藤ことめ、同高野勉、原審並に当審における控訴会社代表者加藤勇の供述、および本件弁論の全趣旨を総合すると、本件保険契約の成立の当初より保険事故発生の前後に至るまでの経過として、次の事実を認めることができる。すなわち

(一)  昭和三〇年七月一日をもつて前年度における保険契約が効力を失うので、同年六月三〇日被控訴会社岐阜南支部長訴外春日井光治は、同北支部長伊藤栄一と共に控訴人多賀方を訪れ、保険契約の継続を勧めたところ、控訴人多賀の代表者加藤勇はこれを承諾した。保険料は、前年度と同様一〇回の分割払として第一回分金九二〇〇円を支払つた。そして、右保険契約の目的物件については、かねて控訴人金庫に対する手形取引契約上の債務のため抵当権が設定してあり、かつ右契約の保険金請求権の上にも債権質が設定してあつた関係上、右新保険契約締結の当日又はその翌日、控訴人金庫に対して右保険契約継続の旨を通知した。

(二)  同月一一日夜、訴外春日井が他所での宴会の帰途、控訴人多賀(料理旅館業)方に立寄つた。その際、控訴人方の接待が充分でなかつたゝめ、春日井は酒に酔つていた勢もあり、加藤勇の妻しづに対し悪口を浴せ、同人との間に口論が交えられた。加藤はその時不在であつたが、帰宅後しづから春日井の悪罵の言葉を聞き、同人も飲酒酩酊していた関係から大いに立腹し、同夜二回にわたつて春日井方に電話し、同人を詰問しようとした。しかし、当夜は春日井は帰宅しなかつたゝめ、電話口に出た同人の妻つや子に対し、「春日井は俺の女房に対し夫の自分でも云えぬことを云つたそうだ。同人が帰つたら直ぐに自分のところへ電話するように伝えよ。そんな男は信用できぬ。保険もやめる」等とうつ憤をぶちまけた。翌日、春日井は帰宅して妻つや子から電話の内容を聴き、加藤の申入れどおり保険の解除の手続をせねばならぬと考えたが、なにぶん控訴人多賀方は大口の大切な客であるので、詫言をいつて翻意して貰おうと思つた。そして、幾度も加藤に対し面会を求めたが逢う機会もなく、解除の件はその侭となつてしまつた。春日井から加藤に対し、保険契約の解除を承諾する旨の通知は、その後においても(口頭又は書面で)一度もなされなかつた。又、春日井は本件保険事故の発生する前、さきに受取つた第一回の保険料九二〇〇円を返却して、その受領証を回収する手続をとらなかつた。加藤からも亦、右保険料の返還を求める催告をしなかつた。

(三)  控訴人多賀方では、本件保険契約とは別に、昭和二九年一一月二二日同一目的物件につき被控訴会社との間に金四〇〇万円の火災保険契約を締結していた。又、控訴人多賀の代表者加藤勇も、その個人所有の動産につき金二〇〇万円の火災保険契約を締結してあつた。しかし、上述のように、加藤から春日井に対し保険の解除申入れとも見られ得る電話があつた後、控訴人多賀は、同一保険物件について、他の保険会社との間に火災保険契約を締結することをしなかつた。

(四)  同年八月一四日未明、本件保険契約の目的物が控訴人多賀方の出火により焼失した。翌一五日、同月二〇日および二二日の三回にわたり、被控訴会社の係員が火災による損害の調査に来た。右第二回目の調査の際、被控訴会社の方から本件保険契約は口頭で解除になつている旨云い出し、控訴人側との間に激論となつた。同月二六、七日頃、訴外春日井から加藤に対し、現金書留で第一回分の保険料九二〇〇円を返送して来たが、加藤はこれを受取らなかつた。

同年九月三日、控訴人両名より被控訴会社に対し右保険事故による損害金九九〇万円の支払を請求した。これに対し、被控訴会社の代理人関豊馬は同月七日控訴人両名に宛て、本件保険契約を含め被控訴会社と控訴人多賀方との間の三口の保険契約は全部解除となつている旨回答した。

以上のような事実が認められ、右認定に反する原審並に当審証人春日井光治、同春日井つや子、原審証人伊藤栄一、同永田邦武の各供述は措信することができず、他に右認定をくつがえすに足る証拠は存しない。(被控訴人がこの点の立証に供する乙号証は、すべて、被控訴会社の作成にかゝる文書又は記入にかゝる記載である)。

そこで、前示のような事実関係から考えると、次の如く判断するのが相当である。

(一)  控訴人多賀方では、被控訴会社との間の本件保険契約を解除すべき特段の事情はなかつた。前記のように七月一一日の夜、控訴人多賀の代表者加藤はその妻しづから訴外春日井の暴言を聴き、酒気も手伝つて春日井の留守宅に電話をかけ、同人の妻つや子に対し春日井を難詰する趣旨の言葉を吐き、本件保険をもやめる旨申し伝えたことはあつたが、この電話による通告をもつて、同人が真に本件保険契約を合意解除しこれを失効せしめる意思があつたものと速断することはできない。もし加藤において、真実本件保険契約を解除する確定的な意思があつたとすれば、その後直接春日井に面会するか、又は書面を送つてその旨を明らかにした筈である。又、同人と交渉するのが不快であれば、本件契約締結の時立会した被控訴会社岐阜北支部長伊藤栄一に申入れてもよいし、或いは被控訴会社名古屋支店に直接通告する方法も存したのである。なお、右解除の申出が春日井に対する憤まんの念から出ているとすれば、同人に対し直ちに先に支払済みの保険料九二〇〇円の返却を求めそうなものである。しかるに、これらの行為はなされていない。更に、本件保険契約に関しては、上述したように控訴人金庫に対し保険金請求権の上に質権が設定されているのであるから、右保険契約解除につき重大な利害関係を有する同控訴人に対し、その了解を求めた後これをなすのが当然である。しかし、右のような交渉はなされていない(このことは当審証人戸本幸雄の証言によつて明らかである)。なお、控訴人多賀方では、前記七月一一日以後本件保険事故発生に至るまで、他の保険会社との間に火災保険契約は締結されていないが、これも甚だ危険で常識に合しないことである。当時、控訴人多賀と被控訴会社との間には、同一物件につき別に四〇〇万円の火災保険契約が存したが、右金額だけでは、万一の場合の損害てん補に充分でないことは明白である(現に、当審証人春日井光治の供述によれば、控訴人多賀方では昭和二九年一二月と昭和三〇年六月の二回にわたりボヤ騒ぎが発生し、火災保険の必要を十分痛感していたと思われるのである)。

(二)  被控訴会社岐阜南支部長たる訴外春日井は、控訴人多賀から保険契約の解除の申入れがあつたことを、その妻つや子から伝言として聞かされたのみで、一度も同控訴人に対し口頭又は書面でその真否を確認していない。右のようなことは、保険金額一〇〇〇万円に上る高額の保険契約が解除されようとしている場合、保険会社の支部長のとるべき態度として理解できない。又、同人において実際に本件保険契約解除の手続をとつたとすれば、当然さきに受取つた保険料九二〇〇円を控訴人に返還し、同人の所持する受領証の回収を図るべきであつた。しかるに右のような処置もとることなく、保険事故発生後あわてゝ返金の手続をとり、その受領を拒絶せられている。この点も不可解なことがらである。

(三)  被控訴会社から控訴人多賀に対し、本件契約の解除の申入れに関して、なんら正式且つ確実な通知方法をとつていないことも不思議に感ぜられる。(もつとも、被控訴会社の主張によれば、同会社は同年七月二三日控訴人多賀に対し、通常郵便で解除を承諾する旨の通知を出したというが、この点に関する乙第一〇号証の一ないし三及び第一一号証の一、二は、原審における証人加藤しづ及び控訴会社代表者加藤勇の各供述に照し措信しがたい)。又、被控訴会社から控訴人両名に対し、本件保険事故発生後、控訴人方との保険契約は三口とも全部解除されている旨通知しているが、もし被控訴人主張のように、本件保険契約についてのみ合意解除が成立していたとすれば、右通知と被控訴人の主張とは矛盾し、被控訴会社の主張の真実性に疑問なきを得ない。

結局、以上の諸点より推論すれば、控訴人多賀と被控訴会社との間の本件保険契約は、被控訴会社主張のように、控訴人多賀からの解除申入れにより合意解除された如き事実は存在せず、右保険契約は前示保険事故発生の日まで、有効に存続していたものと断定せざるを得ない。

右述のような次第故、被控訴会社は控訴人多賀に対し、同控訴人が本件保険事故により被つた損害につき、保険契約上のてん補責任を負うべきこと明白である。しかして、本件火災による損害の填補額は合計金九九〇万円であること当事者間争なきところであるから、右金九九〇万円より、後記の如く被控訴会社が控訴人金庫に対し支払うべき金四八〇万八二六〇円を控除した残額金五〇九万一七四〇円につき、被控訴会社にその支払義務あることは当然である。よつて、右金員の支払を求める控訴人多賀の本訴請求は正当としてこれを是認すべきである。

三、控訴人多賀が、前示のように、昭和二九年六月三〇日被控訴会社との間に金一〇〇〇万円の火災保険契約(旧契約)を締結した際、右保険金請求権について、債権者たる控訴人金庫のため債権質の設定をしたこと、そして、同年八月一四日被控訴会社に対し右質権設定の承認を求めたところ、被控訴会社においてこれを承認し将来保険事故が発生した際には右契約並にその継続契約にもとづく保険金を直接控訴人金庫に対し支払うべき旨約定し、保険証券の上にその承認の裏書をなしたことは、当事者間に争なきところである。

しかして、控訴人多賀が、昭和三〇年六月三〇日被控訴会社との間に引続き同一物件上に保険金一〇〇〇万円の本件新保険契約を締結したこと、右新保険契約と旧保険契約との関係が、いわゆる継続保険の性質を有し、旧保険契約上の質権設定の効力が当然新保険契約にも存続し、控訴人金庫は、右新保険契約上の質権をもつて被控訴会社に対抗し得ることは前段説明のとおりである。

したがつて、被控訴会社は控訴人金庫に対し、右約定の趣旨にしたがい、本件保険事故発生の当時控訴人金庫が控訴人多賀に対して有していた債権額の限度において、直接その保険金の支払義務あること明らかというべく、控訴人金庫と控訴人多賀との間における当時の債権額が、合計金四八〇万八二六〇円であつて、既にその弁済期が到来していることは、被控訴人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきである。さすれば、被控訴会社は控訴人金庫に対し、右金四八〇万八二六〇円の支払義務あること勿論であり、被控訴会社に対して右金員の支払を求める控訴人金庫の請求は理由ありというべきである。

もつとも、本件において、当初控訴人等は、控訴人金庫と被控訴会社との間の関係は抵当権者特約条項の承認なりといゝ、後当審に至り右は質権設定の承認であるとの主張を予備的に追加した。そして当裁判所の判断によると、被控訴会社が控訴人金庫に対し与えた承認は、抵当権者特約条項の承認でなく質権設定のそれであること、上来説示のとおりである。しかしながら、右両者の差異は、結局控訴人金庫の本訴請求の根拠が、保険金請求権の上の質権者としての権利行使であるか、又は、抵当権者特約条項による保険金請求権の譲受人としての権利行使であるかの点に存するだけである。右のいずれによるも、控訴人金庫の主張の趣旨は、保険事故発生の際に成立する保険金請求権に関する権利の行使であることに変りはない。

したがつて、控訴人等が当審において質権設定の承認の主張を予備的に追加したことは、別段訴訟の遅延をもたらすものでもなく、時機におくれた主張として排斥ずるに及ばないのである。のみならず、被控訴会社と控訴人金庫との間の関係が、上述の如く質権設定の承認であることは、被控訴人の最初より自認するところであるから、被控訴会社の控訴人金庫に対する保険金支払義務の根拠を質権設定の承認であると判断することは、被控訴人の主張自体からいつても少しも不当とするに足らないのである。

四、前叙のような訳であるから、被控訴会社は控訴人多賀に対して金五〇九万一七四〇円、控訴人金庫に対して金四八〇万八二六〇円の各保険金の支払義務あること明白であり、被控訴会社に対し、右各金員並にこれらに対する本件保険金催告の日の後である昭和三〇年九月六日以降各完済に至るまで年六分の割合の遅延損害金の支払を求める控訴人等の本訴請求は正当であり、これを容認せねばならない。(したがつて、控訴人多賀の予備的請求については、その判断の必要を見ない訳である)。

よつて、以上と見解を異にする原判決は維持できないから、これを取消すことゝし、訴訟費用の負担および仮執行の宣言について民事訴訟法第九六条第八九条第一九六条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 石谷三郎 山口正夫 吉田彰)

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